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2005.10.27

教えることの資本化

キャッシュだけが資本ではないことは言うまでもない。しかし人的、知的と言われる資本がお金ほど世の中に環流していない。私は知恵という資本の環流の仕組みを作ることが重要だと考えている。
知恵は属人的だ。文脈から切り離しにくい部分がある。人間という有機的存在に付属するものを剥ぎ取る工夫がいると同時に、剥ぎ取ったものを有機物にくっつける工夫がいる。剥ぎ取る際に剥ぎ取った組織(文脈)を残し、適合性を測るために知恵の機能と構造を解析することが求められる。知恵というのは原理なのでそれだけでは効果を生み出すことができない。そのため移植した際に、もう一度組織(文脈)を作り直す必要性も出てくる。この厄介さが環流を妨げているのかもしれない。私はこの厄介さこそ、新しいビジネスモデルなるだろうしブレークスルーを引き起こすだろうと考えている。教えるという行為はこの環流のためのキーテクノロジーではないかと思っている。柏木さんとの話から大いにヒントを得た。

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